N響ポケモンコンサートin2026の感想

1、はじめに

 京都大学ポケモンサークルのわきと申します。令和8年8月22日に京都コンサートホールであったN響100周年記念・ポケモン30周年記念コンサートに行ってきました。クラシックは勿論ポケモンの曲もとてもよかったので、記憶のために書いておきます。



※筆者はバイオリンとピアノの経験は多少はありますが基本的にクラシックにわかです。しかし高名な文芸批評家である小林秀雄も「自分を棚に上げなければ批評文は出来上がらない」(新潮文庫『批評家失格』178p.)と言っていたので、敢えて自分の技術・知識のなさを自覚しながらも書くところであります。この駄文への容赦はいりませんから納得いかないと思ったら痛罵してもらって構いません。

※メモを取りながら聞いては全身で音楽を享受することにならず無礼だと思ったので完全に記憶で書いていますから、誤りがあると思いますが何卒御寛恕ください。

※セトリのネタバレにならないように福岡公演が終わってから掲載しています。

(1)物販

 N響コラボピカチュウのぬいぐるみを買えました。列は長かったがキャッシュレスのみ・コラボグッズ1つだけという感じだったのですぐ終わりました。

(2)記念

 ポケモンHOMEのメダル機能を初めて知りました。

 パンフレットとステッカー、そしてクリアファイルにもなる2WAYバッグも貰えました。第二部でインタビューされていたフルート奏者の方が言っていましたが、ヒノアラシだけ楽器の持ち方が逆だそうです。画像自体はホームページでも見られるので是非どうぞ。

 記念写真ブースもあったけど人が多すぎて到底間に合わなかった。これは記念撮影ブースではないですが一応。

2、前半

(1)奏者入場の時点で僕のテンションはだいぶ上がりました。というのも、客席から向かって左側の奏者は赤いネクタイ又はスカーフ、右側の奏者は緑のそれを全員付けていたから。なんなら指揮者は左半分が赤、もう半分が緑のネクタイでした。いずれも特注品らしくて、ポケモンコラボの柄になっているそうです(当然客席からは模様までは見えませんでした)。

(2)最初は、ポケットモンスター赤・緑のメインテーマから。全ての原点。後のゲームでもタイトルから戦闘BGMまで、なんならアニメまで含めて幅広くアレンジされてきましたが、やはり初代はシンプルでありながらいいものです。

(3)2曲目は「ペール・ギュント」の「朝」。くさタイプのイメージだそうです。こういうゆったりとした曲は溜めというかうまくもったいぶることが大事だと思っているのですが、それも理想的なものだったと思います。大抵みんながどこかしらで聞いたことがある曲ですが、やはり生で聞くと音圧が好い。

(4)3曲目はスメタナの「モルダウ」でした。みずタイプイメージのチョイスだそうです。これについてはいっぱい書こうと思います。なぜなら僕がクラシックの中で一、二を争うレベルで好きだから(ちなみにもう一つはヨハンシュトラウスの「皇帝円舞曲」)。

 普段は電車やバス等の移動中にカラヤンの指揮したものをよく聞くのですが、細かい・小さいフレーズは騒音でかき消されてしまうものです。ホールで生演奏を聴くと小さな音もしっかり聞こえて、新たな気付きを得ることもありました。モルダウ川が源流から始まって、太くなったり枝分かれしたりしてプラハに注き込まれる様が目にありありと浮かびます。最後のメインフレーズやそこに向けての加速部分が、ダイナミックな音量のまま速度を然程落とさず勢いを保ってスピーディーにどうどうと流れ込むような印象を受けました。今回の演奏は指揮者が比較的若く思えたので、それ故のエネルギッシュさかもしれません。これと比べるとカラヤンver.は老練な趣きがあって、恰幅があるような気がします。指揮者・演奏家・演奏のなされる時期のどれかが違うだけでも印象が変わるのもクラシックの面白いところだと思います。

(5)4曲目はバレエ組曲「火の鳥」の「こもり歌」と「終曲」でした。ファイヤーやホウオウがイメージに挙げられていて他タイプより厚遇されていました。

 初めて聞く曲でしたが、非常にダイナミックで筆者好みです。

3、後半

(1)1曲目は赤・緑メドレー。筆者はlet's go ピカチュウのプレイ経験がありますが、如何せん10年近く前にプレイしたっきりなのであんまり曲は覚えていません。記憶の限りだとマサラタウン→1番道路→戦闘!野生ポケモン→レベルアップ→勝利→ポケモンセンター→ジム内BGM→戦闘!ジムリーダー→シオンタウン→ポケモンのふえ→サント・アンヌ号(自転車だったかも?)→ロケット団→チャンピオンロード→チャンピオン戦→殿堂入り、という並びでした。

 確かマサラタウンと1番道路は管楽器だけで、その後の「戦闘!野生ポケモン」や勝利BGM等は弦楽器だけで弾かれていた(たぶん)のが印象的でした。最初の冒険に赴くファンファーレ的な前者と、細かい旋律の多い戦闘の後者で、確かにベストマッチでしたし、いずれかのみで演奏するというイメージがあまりなかったので、非常にハイレベルな編曲であるという印象を受けました。

 パンフレットにはメドレーとあるのみで何が流れるかは本番のお楽しみでしたが、シオンタウンが流れたのは度肝を抜かれました。8ビットの機械音声だと都市伝説的な恐怖を感じるあのBGMも、オーケストラで楽器や音数を増やしてみると、圭角の取れたまろやかな、それでいて幽霊の出る街ならではのうすら怖さがあって、受ける印象がまるで変わりました。この曲のフレーズはオーケストラアレンジにすると戯曲やオペラにもひけを取らないと思います。

 また、ポケセンの回復SE等、要所要所で効果音も入っていて聞いていて楽しかったです。

(2)2曲目は金銀の26番道路・チャンピオン戦でした。筆者はHGをプレイしましたが、トージョウの滝が懐かしくて涙を流しました。カント―地方への一歩を踏み出した瞬間は今でも忘れられません。チャンピオン戦も、ワタルが大量にギャラドスとかカイリューとかを出してきて、ひでんわざ要員を肉壁にしながら斃れたポケモンをきずぐすりやげんきのかけらで回復させて突破したのを思い出してヒリヒリしました。

(3)3曲目はルビサファの「戦闘!超古代ポケモン」でした。

 筆者は第三世代はオメガルビーをプレイしました。後述しますが大抵の戦闘曲はちょっとテンポを落とされていましたが、これはほぼそのままだったように思います。最初の鐘の音と、ティンパニー連打で震えが止まりません。グラードンの重さ・力強さ・迫力・気高さがそのままオーケストラの高尚さと音圧で迫ってくる思いでした。生演奏はやはり良い。

(4)4曲目は209番道路(昼)と「戦闘!チャンピオン」でした。

 すいませんが、DSでダイヤモンドをやったのも大昔で、しかも当時DSの音量を切ってやっていたので209番道路はあまり記憶にありませんが、しっとりしていていい曲ですね()原曲を聞き直しながらこの記事を書いていますが、原作ではピアノを意識していたであろうパートもちゃんと実際のピアノで再現されていたように思います。

 シロナの曲は痺れました。戦闘前に高説を垂れる時のあのイントロはありませんでしたがその分直接戦闘BGMが始まり、ダイレクトに衝撃が来ました。原作よりテンポは遅いのですが、その分なめらかで上質な音だったと思います。ガブリアス強かったな……と思いかけて、「でも俺なぞのばしょで取ってきたアルセウスLv.80で無双したな……」と思い出して集中できなくなりました。

(5)次はBWの「勝利は目の前!」でした。僕はホワイトをプレイしました。絶頂しました。こんなん嫌いな奴おらんもん。言葉として定義してしまうと、言葉にできなかった・しなかったその他の感情を忘れてしまうと思うので敢えて何も言いません。

 こうして色々聞いてみると、赤緑メインテーマをアレンジした曲ってめっちゃ多いんですね。本曲も大好きな曲だけど、BWやそのジムリーダー戦を知らないでこれだけ聞くとただのアレンジ曲のようでもあります。ポケモンを知らない演奏者の方々はどう思われたんでしょうね。

この後、ジオヅム推しの打楽器奏者の方へのインタビューがありました。2023年の学園祭で等身大キョジオーン↓を作ったサークルの人間としては感慨深かったです。

女性の方でしたが努力値の話を途中でし始めて、ポタク(ポケモンオタクの意味)がざわついていました(打楽器とポケモンで共通することは何か、という問いに「まあ個体差とかはちょっとあるんですけど原則としては、ポケモンって何もせずに50レべにするよりコツコツ戦わせて50レべにした方が強いんですよ、だから打楽器もコツコツ練習するのが大事ですね」という感じ)

(6)次はXYのタイトルとミアレシティでした。

 筆者はいらちなのでXプレイ中はタイトルを毎回最初の音階のところでAボタンを押してとばしていましたが、だからこそそのイントロだけは覚えていて、もうここで震えが止まりませんでした。これも赤緑メインテーマのアレンジですよね。これも原作より少しペースを落としていましたが、そのおかげで中盤以降のマーチ調の部分が活きて、曲のキレや迫力が増していたように思います。

 ミアレシティは、あの広大な街をローラースケートで駆けずり回った記憶がよみがえってよかったです。なめらかな音運び、いや~好きですねえ~(スキゾー)

(7)7曲目はSMの「アローラ地方のテーマ」でした。僕はサンとウルトラムーンをプレイしていました。メインテーマは、原作だとハワイの民族音楽的な旋律で人が歌う場面がありますが、ここは管楽器パートになっていました。民族音楽をクラシック楽器で包摂していくのは西洋中心主義的な趣きも感じないことはないですが、音が良いことには変わりない。

(8)8曲目は剣盾の「戦闘!チャンピオンダンデ」でした。僕はソードを選びました。赤緑の殿堂入りアレンジだったんですね。原曲はシンセサイザー?やエレキとかも入ってたので、それがなくてかつテンポも遅かったのでどこ弾いてるか分からなくなる時もありました。でもエレキをかきならしているような部分も弦楽器がちゃんと弾いており、その巧みさに舌を巻きました。この辺からSwitchになってゲーム音声の音質もよくなったのですが、それも生演奏で聞くとプレイ中は気付けなかった細かい旋律が聞けるという新たな発見もありました。それこそ先述のギターパートの旋律とか。加えて、原曲にある観客の歓声もオーケストラだと当然ないので、それも相まってより分かりやすく聞けました。

(9)9曲目はSVの「南エリア」と「戦闘!■■■■」でした。僕はバイオレットをプレイしました。後者が前者のアレンジ曲だというのをここで繋げて聞いて初めて気づきました。「え、じゃあミライドン/コライドンとの冒険を歩み出した最初の曲で、その最後をしめくくってるってこと?」と4年越しの真相に震えが止まりません。前者は原曲だとやはり勇み足なイメージでしたが、オーケストラだと母なる大地のような雄大な感を受けました。後者も原曲は機械的な音声が目立ちますが、さすがオーケストラといった感じの編曲でした。

(10)最後は、ウィンド・ウェーブのメインテーマでした。

 メインテーマはN響がそもそもゲーム音源も担当するらしいです。未発売で恥ずかしながら水御三家の名前も忘れていたくらいなのですが、割と前半は不穏な雰囲気のある曲調ですね。

 まだそんなに回数聞いてないので新鮮に聞けました。これがゲーム起動時に毎回聞けるなんてすばらしいなあ。カーテンコールは写真が撮れました。

4、感想

 かの孔子も「朝にN響ポケモンコンサートを聞かば夕べに死すとも可なり」と言わなかったと言われていますが、本当にこれに尽きます。オーケストラの生音源というのは迫力が良い。「迫力」という言葉しか知らない貧弱な語彙が憎たらしいほどに迫力が好かった。真に迫る感じと言いましょうか、ゲームというのはやはり2ないし3次元である以上現実とは次元が違うので若干他人事のようにも見えてしまう節がありますが、これをオーケストラで聞くと実際にゲーム中にいるような気分にすらなります。きっとオメガルビーでゲンシグラードンと対峙したあの頃の”俺”はかかる圧迫感と対峙していたのでしょう。「グラードン」と書いて「アッパクカン」と読んでください。

 オーケストラは他のジャンルよりも楽器が多かったり強弱が付きやすい分、かえって音が消えやすいので、生演奏で聞くというのはゲーム音楽としても非常に好い経験となりました。特に「モルダウ」はカラヤンver.をスマホに手垢がつくほど聞いたので比べながら聞くことができましたが、「モルダウ」に限らず全曲通じてもやはり演奏が全体として若くて、「エネルギッシュで溌剌、新進気鋭!」といった印象を受けました。

 真偽のほどは定かではありませんが、殆どのクラシックコンサートは歴史上パトロンなり補助金がなくては立ちいかないとも言われています。しかし、やはりこういうゲーム・映画・アニメ音楽のコンサートは殆ど満員御礼レベルで観客が入るらしいです。(心もとない参考文献で申し訳ないですがこれ)

www.iza.ne.jp

 実際、筆者も今回のコンサートは抽選に落ちたり先着申込みもサイトが固まって動かなくなったりと、チケットを取るのに非常に苦労しました。試しに来年1月の一般的なニューイヤーコンサートとか見たら席めっちゃ空いてました(さっき予約しました)。そういう点から、クラシックコンサートの若者・子供への啓蒙目的もあってクラシック曲とゲーム音楽の”抱き合わせ商法”(筆者に否定的ニュアンスはありません)が採られたのではないかとも思います。

 ところでここでよく考えてみると、クラシック曲といっても幅が広くて、その中にはバレエやオペラ、舞踏会や戯曲等のために作られた曲が原典から離れて曲単体で愛好されているものも多いのです。「ゲーム音楽などなまぬるい、クラシックこそ正義」と言う方もいらっしゃるでしょうけども、詮ずる所クラシック音楽というのも時代時代に合わせて様々な媒体に合わせて用いられてきた音楽体系であって、その媒体が現代的な「劇」であるゲームになったというものにすぎず、本質的には変わらないのではないでしょうか。

 また、ゲームの内容やゲーム機の音響が進化した結果、昔のような8ビット音声ではなく、クラシック又はその楽器の音そのものが用いられるようになってきています。一方で、戦闘BGMは大抵原曲よりもテンポが落ちていたことから、(DSまでのポケモンは基本的に機械音声でしょうけども)3DS以降のゲームでもBGMは生演奏の収録ではなく機械の打ち込み音源が多いのではないかという印象も受けました。実際、戦闘時のヒリヒリした手に汗握るバトルの盛り上がり・勢いを演出するにはハイテンポな方が良く、それを実際の楽器で演奏しようとすると技法の上でやはり限界があるのかもしれません。特にポケモンは、BGM作曲家の増田順一の癖か分かりませんが、初代から戦闘BGMではBPM170のようなハイテンポでかつ16分音符の音階が多用されているため、特に他のゲームと比べて難しいかもしれません。

 ゲームのBGMはループ処理も必要だったりするので、きっと旋律やテンポやシチュエーションを自在に設定できる点では機械の打ち込み音声の方が都合がいいし、それはそれで当然素晴らしいと思っています。大昔は二音のみでしか構成できなかったゲーム音楽が、時代と共に楽器種も音質も音響も進歩して、この情報過多の社会に埋もれずに生き残り続けて市民権を得てきたという事実は、メロディー・旋律そのものの持つ力の徴表でありましょう。

 何が言いたいかというと、今回のコンサートは、別段ゲーム内BGMの完全再現というわけではなかったということです。

 しかし、それでも我々が今回の公演で大熱狂したのはなぜでしょうか。テンポ等という些事を上回る生演奏の音圧と迫力、そして演奏者の情感たっぷりの表現力が脳の髄まで響き、五臓六腑に染みたからではないでしょうか。どんなに機械が進歩しても、旋律そのものを超えた「表現」としては、機械よりも、人の力で、生で演奏されるものの方が優れていると思っていますし、そうであると信じています。じゃないと人間なんてつまんねーもん。

 すると、ゲーム部分と音楽部分を一体として観察してしまうとそれぞれの制約からそれぞれの美徳を損なってしまいかねないという相反性があるのだろうとも思えます。

 しかし、果たしてこの相反性は解消されるべき悪しきものなのでしょうか。

 ここまで書いてみて、似たような経験が前にもあったのを思い出しました。以前チャイコフスキーの「くるみ割り人形」が”聞きたくて”バレエの公演を見に行ったことがありました。筆者はカラヤンが曲のみを演奏した時のもの、即ちバレエとは無関係に曲のみで演奏されたものをよく聞いていたのですが、当該公演でのバレエver.と比較すると非常に速く演奏されていたことに気付きました(特に「行進曲」)。

music.youtube.com

 たぶんカラヤンver.の速度で踊ると相当せわしなく落ち着きがないように見えてしまうのでしょうし、技術的なハードルの高さもあるのでしょう。バレエを見てからこれを聞くと、心の底から「ああこの速度で踊ったら怪我人が出るかもしれないな」と思うくらいでした。それでも、僕は曲として聞くとカラヤンver.の勢いと速度感が好きなのです。要するに、この曲は本来の原典たるバレエと切り離して演奏されることで、踊りのことを気にせずに真に自由な表現が可能になっているとも言えます。

 つまり、逆説的に、原典付楽曲には原典との紐帯を断ち切られて原典から解放されることで初めて、新たな表現に到達する可能性があるということではないでしょうか。そういった点では、筆者や我々ポケモン愛好家はポケモンを愛しすぎているがために、原典の再現のみを期待していてしまう部分があるのかもしれません。先述の通り今回の演奏者の中にもポタクがいましたが、逆に演奏者・観客共にポタクの手から離れて曲のみで愛好されるようになった先にこそ、この相反性を超克した新たな解釈に基づく世界が広がっているのかもしれません。

 このように、本質的には包摂的でありながらも、ある意味で相反的でもあるクラシックとゲーム音楽。原典と共にか原典から独立してか、いずれにせよこの二つが今後も進歩を続けていくであろうその未来を見るのが楽しみで仕方ありません。

 筆者は来年はいざしらず今年度はだいぶ自由が利くので、コンサート遠征とかもしようと思いました。「質屋は、子には本物しか見せない。本物のみに触れ続けることで将来紛い物の違和感に気付けるようになる。」という話がありますが、とにもかくにも”リアルの”「モルダウ」が良すぎた。解釈不一致の危険もありますが、知っている曲を生で聞けるのはやはり良いものです。あと第九と皇帝円舞曲とドヴォルザークの新世界よりが聞きたい。

5、スペシャルサンクス

・先着でチケットを4枚取ってくれたぐらぬ大明神様並びに一緒に行ってくれたこうが及びアスタチン、たまたま席が隣だったkyotounivpokeのOBのdragonさん

・N響のみなさん

・京都コンサートホールのみなさん

・下読みしてくれたこうが(2度目の登場)

日記?:ライフプラン・チャージャー

0、はじめに

 労働したら人は感性が変わるらしい。

 今年の5月にコロナ以来初めて会った小学校時代の友達も高卒で働いていたから社会人5年目であったが、いやに大人の余裕ができていた。先輩の子育ての話とかもしていた。子供のままなのは俺だけだった。変声期特有の若干甲高い声で「よしちゃんマリカーしようぜ」と言っていたあいつはもう過去の者だった。

 また、数日前に会った新入労働者からは、働き始めると仕事の話しかできなくなるという経験も聞いている。

 当人がどう思っていようとも、少なくとも、労働者は、他者からの見え方は大分変わるらしい。

 「働いていると本が読めなくなる」と言う新書もあるし、労働してしまっては何かが変わってしまう。これは、『山月記』の李徴が虎になって人間であった頃の感覚を徐々に忘れ去ってしまうような不可逆的な変化かもしれない。袁傪が彼の虎になる前の姿・声を認識していなければ、虎が李徴であると気付けないわけで、読者にとっても面白くないだろう。だから、袁傪の諸君にお願いしたいのは、この俺が虎になる前の、この姿を覚えておいてほしいのだ。その目論見もあって、労働者一歩手前である今の感性を、徒然なるままに述べ奉ってホルマリン漬けにしておきたいのだ。とっとと虎になりたい気持ちもあるが虎にはなりたくない気持ちもある。心が二つある。せめてタイガーマスクくらいに、着脱可能でありたいものだ。

 あと最近無性に人に対して話しかけたくて仕方がないときがある。でもこれは他人の意見が聞きたいとかでもなく、ただ一方的に言いたい、経験や感覚を共有したいという感覚に近い。だからツイート数も自ずから増える。人の時間を奪って他人様の手を煩わすのも申し訳ないので、こういう場で放言することとする。

1、ゲッターロボ(以下漫画版について主に述べる)

 ゲッターロボに進路を曲げられた。冗談でもなんでもなく本当である。
 ゲッターロボに、神隼人(ジン ハヤト)というキャラクターがいる。3機の飛行機(?)が合体するゲッターロボにおいて二号機を担当する、クール系頭脳タイプである。説明の便宜のために述べておくが、一号機には熱血漢の過激派暴れん坊の流竜馬(ナガレ リョウマ)という男が乗る。
 ゲッターロボはゲッター線という、放射能をモチーフにしたエネルギーで動いているが、これには人間から独立した意思があり、時折暴走する。そして、ロボに乗っていた龍馬と隼人は、遠い未来に人類を介してゲッター線が飛躍的な進化を遂げ、地球外生命体を滅ぼし、宇宙を支配していくイメージを予知させられる展開がある。
 ここで、竜馬はその恐ろしさからロボから降りて二度と乗らないと決意する(結局あと二回くらい乗る)。一方で隼人は、
「おれたちはどこまでバケモノになってゆくんだ
見てみたい‼︎ゲッターがどこから来てどこにゆくのか‼︎」
と言い、研究者としてゲッターロボの開発などに取り組むようになる。

 当初俺は、世界を変えたいと思っていた。政治家になって、イニシアチブを執って、国を、世界を変えたいと思っていた(だから永久の資格で落選時でも最低限の生活保障ができる法曹資格はとろうと思っていた)。でも、いつかの段階で、距離を置いた。色々世界を見て、右も左も上も下も等しく等距離で醜く浅ましく思うようになった。しかし一方で、世界を憂い、浮世を案じる気持ちも捨てることはできなかった。

 そこで、隼人の観察者的な、一種超然的な志向がだいぶ影響した。ゲッターはその意思で独自に進化したりもする(未来から干渉したり、アニメ版だと異次元から干渉したりもしてくる)。要は、隼人たちの行動もあるがそれもすべて掌の上であるかのように超越した因果が進むのである。ここに俺はゲッターと社会との類比を見た。善処することは前提としても、俺がどうこうしようとできるものもできないものも、変わるものも変わらないものもある。この社会が「どこから来てどこにゆくのか」見てみたい。そういうスタンスでもいいじゃないか、という気になった。

2、道理

  ここで、もう一つ思考に影響を与えたのが慈円の『愚管抄』であった。鎌倉時代に後鳥羽上皇に対して「もう武士の世の中になってしまったのだから反動するのはおやめあそばせ」と諫める内容の本である(結果は承久の乱でお察しの通り)。ここで「道理」というものが出てくる。

 慈円は、仏教の末法思想に基づいて、時代が下るにつれて世が乱れていくと考えていた。一方で、末法の中でも世間のなりゆきとして世のため人のために善いとされる自然な方法が道理であり、これもまた時代によって変化していくと言う。

 「社会正義の実現」が法曹に要求されるとはよく言われているが、歴史を鑑みるに、正義なんて勝者が形成した結果から敷衍された理屈にすぎないとまで今俺は思い果てている。だから、正義なんて言葉はあまり使いたくない。自然ななりゆきとして社会の変遷を見る「道理」が適切でないかとずっと思っている。

 こんな便利な言葉を古典から得た俺は、俺が見たい「どこから来てどこにゆくのか」ということを、「道理」として構成した。ええかっこできそうな言葉を振り回すきらいが俺にはあるが、まあご寛恕願いたい。

3、天

 道理がどのように変化するかという思考過程で、さらに俺は古代中国における「天」という思想を参照した。

 道理というのが仏教思想からくると、なんとなく「仏から・神から与えられたような」特異な神意の理解者以外には感知できないというような、シャーマニズム的・神権主義的なイメージが生じてしまう。ここで俺は、道理の形成過程を「民衆から・下々から」も形成されるものとして再構成する。

 今手元に孟子がないので天とか易姓革命とかの話を正確に参照できないのであれですが、要は「天が天命を下すことで支配者を決めている」「天は異常な支配が行われている場合には天命を革(あらた)めることで新たな支配体制を確立させる(=革命)」「天の意思は民衆に表れる」ことが要点である。ここから孟子は「支配層は民衆を大事にしろ」という話がしたかったわけである。

 『晏子春秋』はこれをさらに敷衍して「天は民衆の平穏のためにあるので、支配者は民衆の平穏のための支配をして当然、これがなされないなら革命も必至」とすら言いたげな筆致であったりする。

 これと前述の「道理」を混ぜて再構成することで、民衆から隔離された超然的な部分と、民衆由来のボトムアップ的な部分の調和を目指した。ただ民主主義社会においては後者の側面が重視されがちだし、すべきかも。

4、まとめ

 独自の意思を持って動く世界が、国家が、民意がどこからきてどこにゆくのか、俺はそれを「道理」と再定義した。俺は隼人のように、その道理が見てみたくなった。だから、それなりにいい給料を貰いながら、様々な社会問題について(弁護士や検察官と違って)中立的な立場で参画することができる裁判官というものになりたいのだ。この中立性は意外と大きい。隼人もゲッター開発などである程度その「道理」形成に参画していると言えるが、現行裁判制度の大半が弾劾主義ないし当事者主義を採る中では裁判官のその中立性は、俺の理想とする生き方について相当程度合致していると思う。

 

5、純粋な興味

あとは卑近な話で言うと、弁護士は検察官や裁判官やめた後でもなれるから今すぐやりたいとは思わない。一方で、行政法をめっちゃ勉強したから、行政訴訟を”国側から”やる訟務検事というものもやってみたい。これをやるには検察官か裁判官から異動になるルートがあるが、検察官も、重い刑事事件そのものやその捜査過程での取調べは多分俺の心が持たない。だから消去法で裁判官。

恋愛感情とは何かをきてふわに問われ続けているので

 どうも、ルネッサンスの綴り(Renaissance)を「恋愛賛成」で覚えたわきです。

 きてふわ等から頻繁に「恋愛感情とは如何」と聞かれるので、ここに俺の答えを呈示しておきます。

 

ミッキー・マウスについて、ミニー・マウス曰く

「眼に浮かぶわ……彼が入ってくると部屋に光がさすの。音楽が鳴り出して、彼にお花をもらって、天にも登る気分になって、きっと彼だとわかるの、私を笑顔にしてくれるから……」

 

(「ミッキー・ドナルド・グーフィーの三銃士」より。BGMは戯曲ロミオとジュリエット幻想序曲15:39あたりからhttps://music.apple.com/jp/album/romeo-and-juliet-fantasy-overture-th-42-幻想序曲-ロメオとジュリエット/1452511056?i=1452511335

YouTubeだとこれhttps://youtu.be/dTVtjD0j2oU?t=919&si=lGp1gybtHi0vyzoF)

禅問答における公案みたいなものなので、きてふわはこれを解いて下さい。俺はこの言葉が全てを言い尽くしていると思います。

【予備試験R7論文78位】わたしが合格者になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)

1、はじめに



 こんにちは、黄色い帽子のおじさんです。

テーマパークに来たみたいだぜ、テンション上がるなあ。

 論文試験の順位が78位だったため友人から「お前それ有料記事書けるくらいの得点やで」と言われたが、無料にしておく代わりに好き勝手書きます。参考にできるもんなら参考にしてみてください。

以下注意書き

・非公式用語を使います

・法学既習者の構築記事です

・↓論文試験の成績通知書

・本記事のタイトルはわたなれに由来。この漫画、”バカみたいな”(誉め言葉)のコンセプトなので面白いです。

 

2、構築の経緯

 受ける時点で憲法・民法・刑法・刑事訴訟法・民事訴訟法・行政法・商法・実務基礎科目(民事・刑事)の9つは確定していた。残りは選択科目があり、労働法・倒産法・国際法・経済法など色々あるわけだ。そんな中で私は、物権(抵当権とか質権とか)が嫌いではなかったし、将来弁護士とかになるとしたら破産管財人とかやりやすくて食いっぱぐれない気もしたし、なんか面白そうだったから倒産法にした。実際は殆ど債権の話だったわけだが。

 

 これで、パーティが完成した。

 

3、パラメータの説明

(1)伊藤塾の講座

 知識を教えてくれる基礎マスター、論文の書き方講座の論文マスターの二本立て。基礎はあんま真面目に聞いてなかった、学部の授業で十分だったなと今は思わんでもない。

 しかし、論文マスターは神だった。論文試験における処理方法からコツまで全て教えてもらった。

 刑訴を少し先取りしたくて基礎のテキストだけ去年のをもらったら丁度今年論証集が改訂入ってまるで内容が変わってて論文の時に少し難儀した。

 

(2)伊藤塾の短答問題集

 これは講座ではなく、市販の問題集。

 当年度版は6月くらいに出るので、それが遅いなら前年度版を買うしかないけどまあそれでも十分だと思う。俺もそうだったし。

私は問題を解きながら知識をつけていくタイプなので、ひたすらこのテキストを周回した。解けるべき問題と覚えておくべき知識がちゃんと載っていて、問題を周回しながら、付記されていた解説の文章・文言で知らなかった話を赤シートで消えるようにマーキングして、これを周回した。

 全科目少なくとも5周はしたはずで、間違えた箇所につけられるチェック欄も最終的には足りなくなった。5月頃には始めたがこっちで覚えた知識を論文にフィードバックすることもできたので早めにやって損はなかったと思う。民訴・刑訴については後に口述試験でも使うことになる。

 問題だけが載っている物も買ってみたりしたが、似たような問題(どれか1個でいいようなもの)も重ねて多く載っていたりする上に、問題別に書かれた解説もそれぞれが関連付けられていないため、私には向いていなかった。

 

(3)学部の授業

 根本的な知識は伊藤塾の講座というよりもむしろこちらで把握した。使用教科書とか書きたいのだが、だいたい教授のレジュメをひたすら周回していただけなので特に何も出せなくて申し訳ない。

 専門科目でAプラスの成績を半数以上取るとロースクールに面接だけで入れる制度があったため、だいぶ真面目に取り組んだ。最終的に丁度半分がAプラスで残りはAだったはず。実際伊藤塾の講義と遜色ない(寧ろ当然ながら学部の方が学説等は盛りだくさん)内容だったので、こっちの勉強を真剣にやって伊藤塾で「はあそんな話もありましたねえ」という感じだった。ただ、刑法各論が放火罪くらいまでしかおわんなかった(賄賂の罪とか公務執行妨害とかやらなかった)し、憲法基本権は労働権とか参政権まで到達しなかったのは今だに少しキレてる

まとめると、

学部の授業で基礎を身につける→細かい話は置いといて論証だけを覚えて論文の問題を周回して知識の使い方を学ぶ→短答でだけいる知識を補充する

というやり方であった。試験に使う知識だけ覚えるやり方(趣旨とか定義とかのうち論証で使わない知識は切り捨ててきた)なので、純学問的に見たらたぶん邪道。

 

4、パーティ紹介

 H(学部の授業)-A(伊藤塾基礎マ)-B(伊藤塾論文マ)-C(短答)-D(論文)-S(口述)

 この順に努力値合計510ポイント(各項目最大値は252ポイント、努力値は2振っても余る)をどう割り振ったか説明する。まあ口述は民事・刑事だけだから大半の科目はSに努力値振ってない。

 

(1)憲法200-0-252-52-6-0

 

 一言で言うと、刺さる時はガン刺さりする攻め手だった。

 学部の授業はだいぶ真面目にやってた。基礎マスターをそんなにやらんでいいくらいに。短答試験は地味に細かいところまで聞かれるので、苦手だった。権利の話は処理方法が明確で好きだった。まず当該利益ないし権利が憲法上保証されるか、次にそれの侵害が存在するか、最後にその侵害が正当化されるか、という具合に処理手順が確立されている。

 統治はそれが見えにくくて嫌いだった。

 権利の問題は論文試験では結局当てはめ勝負みたいなところがあるので、論証を覚えてさえいれば出たとこ勝負のあてはめバトルだと思っていたから、そこまで問題を周回する程でもなかった。憲法に限らず事例問題全般で大事なのは、「問題文中の事情で無駄なものはない」ということ。全て考慮事情として使わせるために問題作成者は書いているため、可能な限り答案中で全事情を使うように心がけると、判例が用いた考慮要素等をあんまり覚えてなくてもそれに近い判断を出せるようになると思っている。

 

(2)民法212-0-212-44-36-4

 

 俺にとっては一番苦手な科目。最低限はできるが下手ではある科目。

 ただでさえ1000条以上あり判例も含めて他の科目と比べてやはり要求される知識量は桁違い。論文試験だと六法を見ればいいようなものも短答だと見られないから、短答はそれなりに真面目にやった。実務基礎科目で要件事実とか抗弁の仕組みをやると、論文がだいぶ書きやすくなると思う(対抗要件の抗弁とか対抗要件具備による所有権喪失とか)。逆に、論文は条文と判例と当てはめでなんとかなることも多い。

 総則総論、物権、債権総論は条文適用だけでは解けず、判例知識もしっかり要求されるので苦しい。債権各論(不法行為除く)や親族は条文だけでもまだ生きていける。必然的に相続とかの細かい話は試験勉強で後回しになるので論文で出たら負けだった。

 実際の論文試験では、短答で結論しか知らない話(しかも複雑すぎてもう忘れてた)を問われ、脳内がホハー(おさるのジョージ)で埋め尽くされた。

↑鼻をほじろうとしたのを親に見つかって途中でやめた顔をしている

 

 でもレイザーラモンRG(2017年あるあるver.)が「ちょっと当たる方がいい」「外れても許す」と歌ってくれていたのでそれなりに理屈をひねり出して書いたらA判定だった。あれ多分みんな出来てないんだわ。逆に「俺が分からんならみんな分からんやろ」と思えるほど勉強していた証左でもある。

 口述でも民法の論点(実務基礎では知らない論点)が出たので論証くらいは数周しとくべき。

 

(3)刑法156-0-156-4-28-164

一言で言うと、俺にとっては最も得意と言っても過言ではない科目だった。だいぶ強い科目。ポケモンで言うとパラドックスポケモン:スギタチカラに相当する。

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 条文を引っ張ってくるだけでは思ってたよりも解けない科目ランキングでは1位だと思う。それくらい条文よりもむしろその言葉の定義・意味の暗記が大事な科目。ただ、よっぽど特徴的・有名な条文・判例はさておいて、些末なものまで覚えすぎると逆に適切な言葉が適時に出せなくなる(口述模試で結論は分かるのに説明する時に言葉が出なくなってフリーズしたことがある)こともあるので、覚えすぎは厳禁。論文試験くらいなら大まかな基準一つを持っておいて、似たような事案に当てはめて結論を導くくらいが丁度いいと思う。例えば詐欺の実行行為性とか「交付の判断の基礎となる重要な事項」一本でやるくらいが気が楽。

 あと、特に総論では学説を全部同時に把握しようと思うとほんとにこんがらがるので、論文試験で使う学説1個を基準として覚えて論文の練習を積んだ上で、短答試験で学説対立が問われた際に改めて立ち戻るとその違いや共通点や理屈がかえって分かりやすいと思う(特に因果関係とか事実の錯誤、身分犯あたり)

 結局「どの罪が成立するか」という点が難しいので、そこに関わる因果関係論・共犯・罪数(特に法条競合や吸収)、各論なら特に財産犯、この辺は注意していくしかない。でも別にこの辺が出ても負ける気はしないくらい仕上げていった。

 ちなみに12月頃に他人があげてた模範解答例を見たら、ほぼ全部同じことが書けてた。

 

(4)行政法252-0-200-4-52-0

 普通にできる科目。

 ゼミで1年間行政法をやったし担当教授の授業も好きだったので、一番自信があった。抗告訴訟対象性について独自の基準を打ち立てて快刀乱麻に諸判例を処理していく教授の姿はかっこよかった。本来なら判例とか大量に覚えておく必要のある(=規則性に乏しい)この科目だが、先生のおかげでこの点は特に問題なく覚えられた。でもその独自説に乗っかって論文試験を答案を解いたら頗る得点が悪かったのでみなさんは気をつけて下さい。

 

(5)商法252-0-200-52-4-0

 激烈に強いわけでもないができないわけでもない堅実な科目。

 会社法は似たような条文が多すぎるし、法文はまだ漢文体でもう誰も使ってない手形・小切手も試験範囲だし、商法(商法典の意味)はいまいちどこまでが試験範囲なのか分からないし、一番nutigematicalな科目だと思う。論文試験でも、会社法の死ぬほどしょうもない条文の条文操作だけ小問でポンと聞いてきたりする。株の取引の話は大好きだったので出て欲しかった。合併あたりの話が何が違ってて何が同じなのか分かりにくくて一番嫌い。これが出てたら負けだった。宣伝ではないが伊藤塾の短答問題集はここの図が非常に良かった。でも将来大儲けしようと思ったら企業法務をするのが一番いいので、真面目に勉強すべき。

 

(6)刑事訴訟法200-0-200-52-4-52

 最後の2週間くらいで苦手を克服し、完全体となった科目。

 大まかに捜査・公判・証拠の三分割。どの段階を採っても「厳密に考えると違法っぽいけど、これをいちいち咎めてたら刑事司法制度なんかやってらんねーからしょうがなく許してあげる」みたいな話が多く、一番変な科目だと思っている。そういうポイントを「違法か否かの判断基準がよく分からん」と考えるか「現場での当てはめで最悪どっちの結論にもできる」と考えるかは貴方次第。捜査・公判の話は得意だった。伝聞証拠が難しい。口述でも(実務基礎科目でなく)刑訴の話は普通に出るのでやらんといけん。

 

(7)民事訴訟法200-0-200-52-52-4

誰も知らない話を聞いてきて、現場判断でそれっぽく価値判断をして答える問題がたまに出る変な科目。論証丸暗記では解けないような趣旨の話とかも聞いてくる。でもまあ、それなりに。個人的には、いくら学部の授業をそれなりに真面目にやってたとはいえ4月くらいから論文試験の勉強に着手したのによく間に合ったなと思う。地味に既判力の及ぶ範囲、特に矛盾関係が苦手だったので、きたら負けだった。

 

(8)実務基礎科目(民事)0-0-252-0-4-252

要件事実が山場。当然民法の知識がないと解けないが、逆にこれを理解できると民法の方の答案も書きやすくなるという相互補完的科目。正直分かると楽しかった。口述で本気で要件事実を勉強し始めたら、全然知識のない状態で論文試験を受けていたことに気づき、肝が冷えた。

 

(9)実務基礎科目(刑事)0-0-252-0-4-252

存在意義が一番分からない科目。「このような証拠からあなたはどのように事実を立証しますか?」みたいな法律とあんまり関係ない推理を1ページくらい書かされたりする。そのくらいなら昼の再放送の刑事ドラマを見過ぎているうちの母でもできる。刑訴の細かい条文を聞いてくるけどそれ刑訴の短答でやったじゃん?

 誘導尋問とか緊急執行とか、刑訴では出ない話が聞かれる。

 

(10)倒産法4-0-252-0-252-0

論証と、しょっちゅう使う条文だけ覚えて、過去問を周回して処理方法を覚えた。予備試験で出題されるようになってからまだ日が浅く、しょうがなく司法試験のを解いたりした(この難点は選択科目全てで共通だと思うが)。選択科目全体としてはどうせみんなそんなにはできないと言われており、倒産法では適当に法律見つけて無理やりにでも当てはめたらそれなりに得点がつくと聞いている。

伊藤塾の本が論証も付いてきてお得だがたまに巨大な誤植がある。

 

5、時系列的に見る

(1)令和6年12月〜令和7年(以下略)3月

ゼミの先生に「まあとりあえず君は予備を頑張りなさい」と言われたので、それなりに元気を出してみた。2月頭までは商法・手形法・国家賠償法の学部の授業の試験があったため、これらは予備試験でも問われるしとりあえずこっちを全力でやった(結果論でいえば今年の予備には短答以外でこの分野は出なかったが)。

 これが終わってから、とりあえず伊藤塾の論文マスター民法・行政法を進めつつこの2科目の論証を覚えた。私は問題を解きながら知識を覚えるタイプなのだ。並行して途中で投げていた刑法・刑訴の基礎マスター講義を全部見た。

(2)4月〜5月

 ゴールデンウィークに万博とか行った。授業もほぼなかったので日が沈むまで大学図書館で勉強して夜論文マスターの映像を見るなどした。民法、行政法、憲法、刑法、刑訴法、商法、民訴法の順に進めた。

 側聞した話だが、ピアノで1曲を集中的に練習した者よりも2、3曲を練習した方が上達するという。だから民法の映像と行政法の映像を1日おきに交互で見た。早く終わった方を次の科目にした。この辺で短答の問題集も買って何冊かやった。

 4月か5月に高校同期と通話したらみんな研究室で(泣きながら帰るほど)頑張っており、負けてらんねえと思って朝8:30から夜21:30まで図書館にいる日を作ることにした。4月頃から、飯の休憩時間で『NARUTO』を読み始めた。ゼブラックだとモノクロ版・カラー版で1日1話無料、広告を見ると加えて3話無料なので1日5話読めた。決して無限に読んでたわけではない。

(3)6月

 この辺で、倒産法と実務基礎科目の論証だけ覚えた。論マスは短答通ったらやることにして後回しにした。なんだかんだこの辺で映像は見終わったので、毎日図書館閉館まで夜残ることにした。加えて、短答の問題集もしっかり回し始めた。

 短答の1ヶ月前に去年の過去問を解いてみた。158点くらいで、1ヶ月で20点くらい上げれば余裕で受かるくらいになった。

ナルトは、螺旋丸習得した。この一連の流れは夢を追う自分にとっても非常に勇気づけられた。ナルトは人生のバイブル。

(7)7月〜短答まで

 論文よりも短答を重視して問題集をひたすら周回した。できない問題だけ回すのは無限に回した。できた問題も含めた全問もこの期間に2回は回したはず。

 短答は、去年京都から出願したら兵庫の端っこまで飛ばされたため、今年は実家の広島で出願した。家から車で5分の会場だった。前日広島に帰って、ラーメン食べて、それなりに勉強して寝た。当日、全部終わって自己採点したら186点(実際は180点だった)ので、翌日すぐ京都に帰って論文の勉強に着手した。

(8)短答から論文まで

 倒産法と実務基礎科目の過去問に着手した。主要七科目は、とりあえず論文マスターの問題集を、答案は書かずに理屈だけ組み立てるのを全問やってほんまにできん問題を抽出した。そして、分からない問題を回した。一方で、百選を見て論証集を補充したりもした。

 8月中頃に、初めて伊藤塾の採点サービスに答案を出してみた。この時まで各問題の採点基準や得点、合格に必要な得点を知らなかった。合格最低点(以下全科目の合計点とする)が半分を超えた年はなかったのだ。そして提出した答案の得点も合計したら半分くらいはあったので「ほないけるか」となった。

 また、8月20日頃に昨年のを実際のと同じ日程でやってみた。そこでもまあ半分くらいは取れるやろという体感になった。そこから分からない問題を集中的にやりながら全部も一周して、という形で当日迎えた。

 広島で出願したら大阪会場になるのだが、新大阪駅近くの会場であったので近くのホテルを予約して前日から泊まった。

 初日の公法系も大きな失敗はないといった手応えだった。ヘイトスピーチ制限絡みの話だったが、たまたま学部の授業でやった「ヘイトスピーチは原則として個人が損害賠償できない」という話を思い出し、これを連打した。刑事系は手応え的にも大成功した。知ってる話しか出なくて不安になる程だった。両方ともA評価だったのであれでよかったんだ。倒産法は、前半の話を全く使わない解答を書いたのでよくわかんなかったがB評価だったので悪くはなかったんでしょう。

 2日目の実務基礎科目達も大きな失敗なく攻略した。B評価だった。

 しかし、民事系は、初手の民法が、聞いたことある話だけど結論わからんすぎてホハーーーーーーーーーー‼︎となった。

ホハーーーーーーーーーー‼︎‼︎

ハホォ⁉︎⁉︎⁉︎  

 

 しかし「ちょっと当たる方がいい」「外れても許す」とレイザーラモンRGの2017年あるあるに言われた気がして、もういいやとそれっぽく自由に書いた。なぜあれがA評価だったんだろうという解答だった。

 会社法は無難にやった。民訴は、ガチで論証とかでもなく覚えてたワードがポンと聞かれ、激アツだった。受かれと言われているような気がした。

 ナルトは仙人モードの修行してた頃で、俺も頑張れた。

(9)論文後、11月半ばの院試まで

 万博行ったり岡山行ったり西条酒祭りに行ったりしてヌンジョイしてた。おかしいこのタイミングでバイトを始めた。まじで全く勉強しなかった。11月半ばに院試があったのに10月末まで全く勉強しなかった。あの日々の胸の高まりを超える勉強ではなかった。でもまあ一応それなりに真面目に勉強していたら、院試前日に事件は起こる。

 「あれ、なんか寒気がして喉が痛くて体が熱いなあ、でもこういう時って測っても36.9とかで薬飲むには元気だったりして困るんだよな」

ドン!!!38.9!!!!!

ヌンフルエンザにかかって受けられなかった。予備試験に受かっていてもいなくても留年が確定した。色々とドブに捨てる者、ドビーになった。



(10)院試以後、論文合格発表頃まで

 そっから何もやる気がなくなってずっとポケットモンスターlegends ZAをやっていた。楽しい。

 

 

 口述は、論文に受かってから勉強すればいいやと思っていた。

 合格の日は、ドキドキしながら北野天満宮、等持院、平安神宮、吉田神社に参った。合格はサークルで見た。合格してたらアスタチンがラーメン奢ってくれた。ありがとう。

(11)論文発表後、口述試験まで

 年末なので数回の飲み会を経ながら勉強してた。この段階になって初めて参考書を買って、過去問も見てその難易度に戦慄していた。あれは95パーの人が受かるのだが、めちゃ勉強した奴が受けるからその合格率なだけで、全く簡単な試験ではないと認識した。

以下買った参考書達

 

 

 

 

 要件事実は実際に言うべき具体的事実の摘示の形でのみ覚えた。なぜならばちゃんとした要件まで覚える余裕がなかったから。強制執行とかも代表的なもの以外は過去問で出てないから、代表的なもののだけやった。民訴もまあそれなりに。でも民訴でやったより細かい話は出ないだろうと踏んでいた。なぜならば、この試験は要件事実が主要すぎたから。論証と短答の問題集の表などをを周回した。

 刑事は割と真面目にやった。判例の言い回しがドンピシャで大事なので、刑法の論文より丁寧にやった。刑訴は、短答の問題集だけでやってたけど、これをだいぶ書き込んで補充したので、世間で一般的に使われてる本を使った方がいい。

 伊藤塾から全過去問をもらい、検察官の伯父、弁護士の伯母と4問やり、伊藤塾の模試も受けた。伯父伯母と民刑それぞれ2問ずつやった後でも、模試は緊張して、刑事はほんまに全然内容が出なかった。(民法はまだいけた)それでもいずれも61点(平均的な受験者に基準点として60点を付ける相対評価な採点方法)だったので逆に怖くなった。あれは本番2週間前くらいだったので、その段階の受験者平均が基準だったのかと思うと非常に怖かった。当日その出来でもそのくらいの点数になるのか、模試時点での相対評価による点数なのか、そこまでちゃんと聞いときゃよかった。

 ホテルは会場から徒歩5分のところにとった。浦安と言ってもディズニーランド(舞浜)に近いのでロビーがディズニーすぎて辛かった。アナ雪のアーアーアーエンヤーヤーみたいなBGMとか流れてて苦しかった。

 会場はあんまり寒くはなかったが行くまでの道中は寒いので、防寒は結局それなりにしてった方がいい。

 初日が民事で12室6番とかだった。苗字があいうえお順で遅いので、これのせいだったらやだなとは思った(刑事は9室4番とかだったので多分関係ない)。民事では、主査の先生に抗弁のタイトルだけ聞かれて答えたら内容を全部説明してくれる人だったので、楽だった。たぶん先生も疲れてたんだろう。あと、民法でなら知ってるけど民事実務基礎科目では知らない話(時効主張において相続による占有の性質が転換する話)が出て、しかもそれが予備的抗弁か再抗弁かというのが聞かれて脳内のホハーが出てきそうになったが、まあ適当にノリと勢いで再抗弁だとして喋った。その後その優しい主査が「まあ予備的だという説もあるんですけどね」と言って「ほな予備的やないか!!!!!」となった。まああんまつっこまれんかったし大きな失点ではなかったんだろ。

 刑事は、午前だった。実務は大丈夫だったのだが、手続が若干あやふやなまま言ったり、知らない話を聞かれたりした。まあ誘導されてそれなりに説を変えたりして答えられた。

 帰りに舞浜駅で降りてディズニーランドのお土産だけ買った(本土に入国しなくても誰でも寄れるお土産屋がある)。

 合格発表はサークルの連中とカラオケ中に見た。落ちててカラオケがお通夜になったら申し訳ないなと思ったが、まあ落ちてることはないだろうとは思っていた。あの場にいたみんなありがとう。457人中452人が受かっており、ほんならもうこんな試験すんなよと思った。

6、感想

さて、完走した感想ですが、ここで和歌を一句。

 来てみれば さほどでもなし 富士の山 釈迦や孔子も かくやあるらむ

                                 村田清風

まさにこれでした。登頂してみたら予備試験の山もそう高くはない気がしてきます。だから、挑戦しようかと悩んでいる君も、今挑戦している君も、深刻に考えずにやってみてほしいです。

 でも、論文試験のためにひたすら図書館に篭っていたあの頃は、今思い返せばワクワクしてとても楽しかった。院試でも口述試験のでも、なんなら大学受験でもこうはならなかった。

 司法試験も頑張ります。

7、スペシャルサンクス

・祖父母宅のお地蔵様、ご先祖様、正徳神社、等持院殿、平安神宮、吉田神社、北野天満宮、防府天満宮、碇神社

・家族(父母弟妹犬)、親族、先祖、祖父母宅のお地蔵様

・特に口述試験の練習や論文試験で分からないところの質問に答えてくれた伯父と伯母

・伊藤塾

・大学の先生方、特にゼミの先生

・俺の代わりに脳内で暴れてくれた脳内ポポノタン・きてふわ・ぱむ

・加工会

・サークルのみんな、特に同回生のらて、論文合格時にラーメンを奢ってくれたアスタチン、ポポノタン、きてふわ、モクローガ、ぱむ、ふぁぼ、ouncer、さめ

・口述試験の練習に付き合ってくれた学部の友達

・岸本正史大先生

・『NARUTO』『BORUTO』特にうずまきナルト、ロックリー、マイトガイ先生、二代目火影、うちはイタチ、自来也、大蛇丸

・レイザーラモンRG

・細川たかし

・ハリウッド・ザコシショウ

・石川賢先生、永井豪先生、超合金Z、ゲッター線

・ガガガSP、KANA-BOON、アジカン、いきものがかり、DOES

・松本しげのぶ大先生、熱血星龍ガイギンガ、超戦龍覇モルトNEXT

・荒木飛呂彦大先生

・自主ゼミのみんな

・株式会社ポケモン及びそのコンテンツ

 

最後に

大伯父さん・大叔母さんに捧ぐ

万博の感想 五月五日

1、はじめに

 父母俺妹の4人で回った。回った順番に記していく。備忘録程度であるが、後学にされたし。

2、大阪ヘルスケア館
 親父が臓器移植に一時期関わっていたこともあり、動くiPS細胞の心筋パットが見られて興奮した(但し動くiPS心臓とやらはここではなくパソナスペースなので留意されたし)。

 人間洗濯機のデモンストレーションも見れたが、如何せん透明ガラス部分が小さくて実際に洗われてる人以外はどんな感じがよくわからないかもしれない。

 ロボットアームの作るスムージーとかソフトクリームもあるけど、「人がやる方が早くね?」とも思ったが、まあ労働問題なく24時間働かせられる機械なのだから技術の進展待ちだろう。アシモの時もそうだったが、実はロボットが瞬時にものの硬さを把握して適切な力で掴むというのは、力を入れすぎたら破壊してしまうし入れなさすぎたら取り落とすわけで、非常に難しい課題なのである。

 

3、木のリング
 めちゃめちゃ大きい。本当に大きい。まず土台たる木組み部分が抑も本当に大きい。7割国産というので感動した。よく間に合ったな本当に。上は風も吹くし下は日陰にもなっているから日本晴れの5月でも寒かったくらいには非常に快適。あと下にはベンチも大量にある。

4、コモンズA館
 パラオとかトリニダード・トバゴとかの文化とか木彫りとかが面白い。パラオはここでも親日っぷりを表してくれていて(いわば「植民地支配」の象徴とも言える日本語教育の様なんかもある種誇らしげに写真を載せていたほど)、嬉しいやらありがたいやら、真面目にやっていた日本・パラオ両国の先人に頭の下がる思い。本当に、名前しか知らない(若しくは名前も知らない)国々のことも知ることができるし、他の1国のパビリオンと比較して混まないのでコモンズ館は良い。イエメンはガチで値切り交渉するタイプの石の宝飾品を売ってた。

5、ルーマニア館
 生演奏と映像が良かった。座れるので楽かもしれない。

6、マルタ館
 マルタ騎士団とかの出身地。映像も良かった。幕末の交流で贈った日本の甲冑も来てて、よかった。お昼ご飯はここで売っていたハンバーガーだった。しっかりボリュームがあった。

 

7、トルクメニスタン
初手で大統領の肖像。でも映像とかめちゃしっかり(英雄を賛美)してた。シルクロードという地理が故のモンゴル人などの侵略勢力の出入やソ連からの独立を鑑みるに、それ以前には他と同様過酷な民族迫害もあったはずで、そう考えると民族自決というのはかくも難儀なことなんだろうなあと思った。物販も充実。2階の展示室も工芸品から教科書までいろいろあったが、教科書の1ページ目にも大統領の肖像が載っててもはや正直怖い。3階がカフェで、現地みたいな装飾・席もあり、おやつや茶、コーヒーもリーズナブル。在留邦人も在日のトルクメニスタン人も非常に少ないはずなのに、やたら日本語が通じるので不思議な感覚だった。湯呑やポットも非常に現地っぽくてよかった。おいイギリス、聞いてんのか

 国威発揚のために本気でお金出してるんだろうなと思った。すごい良かったから懐柔される日本人も多かろう。


8、アラブ首長国連邦
ナツメヤシで組まれた内装はいい香りがした。医療や宇宙開発などインテリジェンス方向でも頑張ってるのが伝わってきた。ゲルマン人の流入時以降ルネッサンス頃まで科学の大半を担っていたのはアラブ人だったもんなあ。漁や工作など個々の伝統的な生活感も見えた。アラブの伝統衣装が良かったので写真も撮ってもらった。載せないけど。

 

9、コモンズC ウクライナブース
ウクライナ目当てで、30分くらい待った。黄色に統一された部屋・棚に青色に統一された家具等が置かれ、機械で展示品のバーコードをスキャンするとそこに関する映像が見られる感じ。泣きそうになった。一度に入れる人数を絞って、一台一台機械でちゃんと読みこませてくることで、じっくり映像を焼き付けさせられる。普段のニュースではやらないような悲劇と、それに立ち向かい連帯する人々、その実態が見られて、非常に印象深かった。
「NOT FOR SALE 」とブースに掲げられていたのも、トランプの交渉への当てつけのように見えて、彼らの強かさを感じた。彼らは、きっと、負けない。

 

10、コモンズC イスラエルブース

 メッセージつながりで言うと、イスラエルも強かった。2000年前のエルサレムにユダヤ王朝が建てた要塞の石を展示していた。この国際情勢を鑑みるに、「ユダヤ人が後から来て国を作ってパレスチナ人を攻撃しているというのは筋違いな批判であり、昔から彼の地に我々はいたのだ」という強いメッセージを感じた(パレスチナも行くべきだったんだろうけど時間の都合上行けてません、マジでどっち支持とかでもなく中立的にメッセージが強いなと思っただけなので、縦ひどっち支持の人間であっても文句とか俺に言ってこないでください)。

 

11、その他

 出店で諸国のご飯を買い食いするのがロマンではあるが、フラフラと適当に巡ってありつけるほど分かりやすく書いていないし数がないので、前もって目当てを決めておかないと、各国の料理を食べ比べするのは難しいと思う。食事を気にしないなら、適当なキッチンカーとか食堂の場所は明確なので、深く考えなくとも良い。飲み物を売ってるところ(チェコとか)は多いけど食品はあんまり見つけられなかった。ルーマニアは「食堂」って書いてあったけどほんとに売ってたのかな?確認されたし。

 コモンズ館は1国のものより空いてるので非常に入りやすいし本当に無限に見てられる。入り口付近の展示はみんな見るから混むけど、館の全てを見る人はそうそうおらず皆途中で出ていくから奥に行けば行くほど空いてる。コーヒーとかハンドクリームとか売ってるところも多い。

 椅子も自販機もトイレもディズニーランドのうん百倍くらいある。電波も全然問題ない。冗談抜きで。但し、イーブイの写真スポット近くの最南の入口と出口が別になってるトイレは「人がまだ入ってるかどうかが分からなくて死ぬほど待つからカスだ」と親父が言ってた。トイレとして設置されているものより、食堂やパビリオン等建物の中に併設されているトイレの方が空いてるので、臨機応変にそちらも探しましょう。

 アメリカとかフランスとか、人気なところは本当に人気だが、30分程度の待ち時間で入れはするらしいので、選択肢に入れても全然問題ない。但し、予約者のみのもあるので各自確認されたし。

 イチオシのお土産はこの「ロゴぬいぐるみ」。小さいものはちびぬい等にはめると全てをミャクミャクにすることができる。でかいのを買うと人間もはめることができるが、売り切れていて悲しかった。↓これはミャクミャクと化したサザンドラ

ポケモンのフォトスポットも非常に良かった。ピカチュウ・イーブイ・カビゴン・ラプラスは見られた。載せないけど

あとマジで地図印刷してけ

この方のが一番良いと思う
https://x.com/t_tsuji?s=21

(怒られたら消します)

12、総評

 マジで無限に行ける。無限に海外旅行。

 あと、パビリオンは自国の綺麗な所しか見せないという点には留意すべし。UAEのドバイもエセエンシャルワーカーを移民に頼っていることが人権面や格差面から疑問視されていたり、トルクメニスタンも渡航に注意すべしとのお達しが外務省から出ていたりする。「猶ほ牛首を門に懸けて、馬肉を内に売るがごとし」(『晏子春秋』巻第六)とも言うように、牛首につられて馬肉を食うべからず。

ポケモンセンターキョーダイ NF記

1、はじめに

 本記事は、2024年11月20日から23日まで開催されました京都大学学園祭『11月祭』(以下NF)に京都大学ポケモンサークルが出展した際の様子をルポルタージュするもので御座います。弊サークルのNF担当者でありました私が担当者としての視点を織り交ぜながら、準備等の舞台裏や当日の様子について俯瞰していこうというものであります。実際に弊サークルにお越しくださった方もそうでない方も、この記事で追体験していただければ幸いで御座います。

 

2、NFの趣旨

 木枯らしの寒風と共にやってきた、NF。私が2024年1月にNF担当職を拝命してから、遂にやってきた面目躍如の大舞台。私は就任時挨拶にこう書いていた。

「前人の光の在るを遏佚することなく前志に導りて事をなす所存にございます」

 これは古代中国の帝王の言行録『尚書』と『国語』から仮借した言葉であるが、平たく言うと「先人の積み上げてきた栄光を損なうことなく、前代からの方針を引き継いで」ということになる。私個人の目標としては、これまでの弊サークル及びそのNFでの活動の雰囲気や方針、内容などを引き継いでいくことを据えていた。また、NFで対内的に作った活動要綱には

「京都大学の学生たる品格を保ち、来場者をポケモンを以って楽しませる。また、日頃の活動及び非公認大会等の開催主体としてのサークルの姿を広報する。さらに、互いを尊重しあいながらサークル内の親睦を深める。」

ということを目的として掲げていた。

 私の行政法のゼミの教授は「諸々の法の解釈で困ったら、最終的には『法の趣旨・目的』というところに立ち返れ」と常々おっしゃっていた。だから、基をしっかり立てた上で、企画を進めていこうと考えたのだ。

 では、その基も示したところで、本題の企画紹介に入っていこう。

3、企画紹介

 主に1日のみの大会系統のメイン企画と、3日間サブ企画がある。

(1)クイズ大会

 クイズ大会である。1日目の21日(木)14時頃から開催された。企画者のゆ〜きくんのクイズを見ていたら普通に難易度が高かったので「誰も解けないんじゃないか」と不安視していたのだが、普通にハイレベルな接戦が繰り広げられていたので私の見識の浅さを痛感し恥じ入る思いだった。

(2)ポケカ大会

 ポケカ大会である。2日目の22日(金)13時頃から開催された。直前まで事前予約が全然入らない状況となっており、「もういっそポケポケ大会に変えたほうがいいのではないか」とも考えていたが、当日12人参加者がいて安心した。スイスドロー形式でやったが優勝はサークル員だった。

(3)京大カップ

 京大カップは弊サークルで永らく開催されてきた由緒ある実機シングル大会である。3日目の23日(土・祝)12時頃から開催された。33人もの古今無双の猛者たちが「洛中無双」の栄誉を賭けて熾烈な熱戦を繰り広げた。

(4)実機フリースペース

 SVを参加者に貸し出してサークル員と対戦する企画であった。3日間全部で開催した。主に幼小中学生に大人気であった。これを見越して全てのパーティに伝説ポケモンを採用(コライドン・ミライドン・テラパゴス・黒いレックウザ)かつアニポケ意識のパーティ(パルデア御三家とリザードンピカチュウとテラパゴス、レックウザ等六英雄)を準備したのも、人気の一因だっただろう。


(5)ポケカフリースペース

 ポケカのデッキを準備してこれを参加者に貸し出してサークル員と対戦する企画であった。これも3日間行った。これは幼稚園児から大人まで幅広い人気があった。ルールを知らない人でも楽しめるように、60枚デッキを36枚にも改造できるようになっていた。最初4卓ほど準備していたが普通に足りず、2日目以降は6卓に増設した。しかしそれでも3日目は足りず、OBの方にも対応を依頼するほど大人気だった。ダメカンも足りず、覚えてもらって対処した机もあるらしい、申し訳ないね。ポケポケの人気具合もその人気の一因であったろう。

(6)塗り絵コーナー

 ポケモンの塗り絵をを孤独なガチグマ(アカツキのすがた)の周囲に貼って、ガチグマにお友達を作るというコンセプトの企画であった。小さい子や大人でも女性の方に人気だった。色々なポケモンがいたが、塗り絵制作班の中で誰が何を描くか決めていなかったため、オーガポンが2種類あったり(これは別に誰も困らないから問題ないのだが)、あわやピカチュウやパルデア御三家の絵が一枚もないという状況になりかけたりした(急遽描いてくれる人がいたので助かった)。最終的に2日目の途中でガチグマ2匹目を導入することになるほど大人気だった。シンプルな教室内の人数の多さや色鉛筆などの数が足りなかったことなどが原因で貼られた枚数(九十余枚)よりも持ち帰られた枚数(百三十余枚)の方が多いなど、これもまた大人気であった。

笑顔のガチグマが見られたのは弊サークルだけ!

(7)会誌販売

 弊サークルが毎年2回発行する会誌「ねごと」のNF号と昨年度のそれを販売していた。本年度版は驚異の150ページ。印刷も製本作業も大変だったがこれは後述しよう。

 本年度版は100部準備していたが3日目の午前中には完売していた。主に大人に売れていた。表紙の絵が美麗だったので大勢が買って行ったが、普通に蓋を開けてみたら構築記事や風林火山論とかいう独自理論の記事があるのでどう思われたのだろうかとシンプルに気になってはいる。入口付近で売っていたのだが、販売係の人が呼び込みを頑張ってくれたお陰でサークル自体に足を踏み入れる人も増えたので非常にグレイトフル。

(8)第3世代体験

 GBAやGAMECUBEなどを用いた対戦企画であった。当時の世代を知っている大人が多かったが、小さい子でも体験したいという人も多く、興味深かった。

(9)ペーパークイズ

3日間行っていた企画。20点満点で「かんたん」「むずかしい」「すさまじい」の3パターンあった。「むずかしい」を一定程度得点した者のみに「すさまじい」の問題が配られたが、2、3点しか取れない人もザラにいて、最高得点でも10点となっていた。子供から大学生まで幅広く人気だった。以下にURLを貼っておくので、興味のある方はぜひどうぞ。

kyotounivpoke.blog91.fc2.com

 

(10)トリプルバトル体験会

 最終日のみ行っていた企画。3DSの懐かしさからか中学生辺りも参加していた。

(11)展示

 紙粘土で作ったウパーやサークル員のぬいぐるみを大量に置いたりしていた。これも入口付近に置いておくと来訪者の目を引いてサークルに入りやすくなっていたので非常に良かった。

(12)ゆびをふる1on1、じわれ1on1、エビワラーじゃんけん

 当日突如始まった大人気企画。カイリュー1匹同士が全ての技からランダムで出る「ゆびをふる」のみで戦う「ゆびをふる1on1」、ヘイラッシャで一撃必殺技である「じわれ」を撃ち合う「じわれ1on1」、「きあいパンチ」「マッハパンチ」「はやてがえし」の3つで戦うエビワラーじゃんけん、この3つをローテーションにして前のスクリーンで配信していた。入口のドアを開けた上でスクリーンに常に音や映像を流していた方が人が入って来やすかろうということで初日の最初は普通にサークル員のランクバトルを配信していた。午後になると配信にも企画にも疲れた人々がじわれ1on1をやり始めた。これは運ゲーだし話も分かりやすいので呼び込みに使えるのではないかということになり、2日目からは常にこれを配信することにした。するとゆびをふるの方も大人気となり、参加者を募ったり多様な技やここでの使用ポケモンであるカイリューについて実況をしたりすることで、初心者プレイヤーも観客も分かりやすく楽しいダイナミックな企画となった。子供から大学生カップルまで幅広い人間が楽しんでいた。

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これは自爆するカイリュー

3、日ごとの流れ

・-1日目(19日、NF前日)

 この日は、会誌とそこに掲載されているクイズ記事の回答用紙を印刷していた。前述の通り150頁もあったので運搬でさえ死ぬほど重かった。恥ずかしいことに数日筋肉痛になった。教室に運んだは良いとしても、ここから折る作業が必要だった。紙1枚当たり4頁分載っているから三十余枚と雖も100部あるから折る数は膨大であった。その日サークルに来た人を捕まえては折らせた。折れども折れども紙は尽きず、残りの入った段ボールを見て崩れ落ちるサークル員もいた。それを見て我々は爆笑していたが、実際長い道のりではあった。昼からやって全て終わったのは19時頃。先輩がランクマ配信(しかもドーブルバトン)をしてくださっていたのでだいぶ楽しく折れた。

・0日目(20日、NF1日目)

 我らがサークルは3日間のみの開催だったので既に周囲はお祭りムードであったがこの日はまだ準備日であった。機材を持ってきて前のスクリーンに繋ぐ機材テストの後、ひたすら会誌の製本作業をしていた。三十余枚もの紙を止めるのはホッチキスと雖も一苦労で、ここがまた大変であった。塗り絵のガチグマやポケカの対戦用マット等を準備して、解散した。

・1日目(21日(木)、NF2日目)

 10時にスタートした本企画。朝のうちは人は来ないものだが、スクリーンで私がランクマ配信をした。音を流すと人は来るもので、やはり12時頃からは人が増えた。実機フリースペースサークル員の配置人数が多すぎて寧ろポケカの方が人が足りなくなった。その結果、翌日からはポケカ用スペースを増設したのだった。

 クイズ大会もつつがなく開催され、非常にハイレベルな戦いが繰り広げられた。平日であったので人の入りの少ないことも危惧されたが20人ほどいたので非常に嬉しかった。またポケモンクイズ無双みたいな人も来場して下さったらしく、作問者が「これじゃ全問正解されちゃうよ~汗」と言っていた。

・2日目(22日(金)、NF3日目)

 ポケカゾーンは増設してもなお足りなくなってきていたがもう臨機応変にやってもらっていた。また朝からゆびをふったり地割れうったりしていたが配信するとやはり人は来るもので非常にたくさんの方に来ていただいて、ゆびをふって地面を割ってじゃんけんしていただけた。ポケカ大会も事前申込みが1人だけだったのでハラハラしていたが12人もの方が参加して下さり、つつがなく進んだので安心した。

・3日目(23日(土・祝)、NF4日目)

 最終日。もう朝からずっと指を振っていたが、さすが土曜日かつ祝日と言ったところで親子連れのみならず全体的に多かった。もう午前の時点でだいぶ教室が狭くなっていた。クイズや塗り絵など恒常企画が後ろの方の机で大会用に前の方の机は空けていたのだが前の方の机を使っていただくほど人が多かった。また土曜日だったのでOBの方も多く来場して下さって懐かしい顔ぶれに再会できた。

 京大カップは33人もの参加があり、机が足りるかどうかさえも危ぶまれるほど大勢が参加して下さって、嬉しい悲鳴をあげた。これと並行してやっていたポケカコーナーやクイズ・塗り絵は本当に机が足りず、塗り絵を持って帰っていただいたり壁に紙を当てて回答してもらうほどであった。ポケカもOBや他大学から遊びに来たポケサーの方にまで協力を仰いだらしい。本当にありがとうございました。

 京大カップも半ばで会誌は全て売り切れた。YATTA!

 京大カップはOBの方々で準決勝が埋まるという神展開だった。弊サークルの3・4回生で予選落ちする人もいた中でまだまだ強さを見せつけられた。一方で一回生でも決勝トーナメントに進出した人もいて、新たなる才能の萌芽も見た思いである。

 京大カップの終わった後も1時間ほどゆびをふったり地面を割ったりしていた。京大カップ出場者の方も割と観戦してくださっていて、アツい展開の時には会場全体で拍手が沸き起こるなど皆様のご協力によってなおのこと盛り上がったのであった。

4、おわりに

 有難いほどの大勢の方に来てくださって非常に嬉しくまたやりがいのあるNFだったように思う。来場者の方々も色々な媒体でポケモンを楽しんでいただけたのではないかと思う。

 一方で想定より大勢が来てくださった結果一部のサークル員に負担が寄ったり来場者の方も我慢していただくことが多かったので、そういうところの改善点はしっかり来年に引き継いでいきたい。

 繰り返しになりますが、来場してくださった皆様、協力して下さったサークル員・幹部・OBや他大学の方、僕に役職を引き継いで下さったしほピさん、場所を提供して下さったNF運営局の皆様、本当にありがとうございました。もしよければぜひ来年もよろしくお願いします!

ハムレット はや半日で 読みにけり

1、序論

 近日、私はシェイクスピアは『ハムレット』の演劇を見に行く。言わずと知れた彼の四大悲劇の一つ、吉田羊主演で、ヒロイン役が飯豊まりえであるらしい。母が勝手にチケットを買ったので当初はあまり乗り気ではなかったのだが、大学生たるもの敢へて教養を涵養すべし、とこそ思ったので、いざ予習せむと岩波文庫の同書を買った。訳者は、野島秀勝である。

 結論から言うと、非常に面白かった。科白回しも味があり、展開も緊迫感のあって心を離さない。所々に差し挟まれるシェイクスピア自身のものとも思しき哲理もまた非常に趣深い。以下にて、また詳しく述べ奉らむとぞ思う。

 

2、粗筋

 デンマーク王子であるハムレットは、叔父の王就任後、父王の亡霊と出くわす。亡霊は彼に「叔父が父王を毒殺したこと」「叔父が父王の妻(即ちハムレットの母)を寝取ったこと」を語る。この不義を聞いたハムレットは復讐を誓い、発狂した振りをして韜晦し、機会を狙う。作戦を練った末に王と自身の母を追い詰めるが、その過程で恋人の父を殺害してしまったことから、彼女も発狂、彼女の兄も復讐を決意し、復讐と復讐が入り乱れた大混戦に陥ってしまう。

 

3、雑感(以下ネタバレ注意)

(1)物語

 最後まで読んで、一番に抱いた感想がこれである。

youtu.be

 このサムネの通り、めくるめく勢いでみんな死んでいくのだ。王が死ぬことは物語の本旨を見るに(メタ的にも)既定路線かのようにも思われよう。しかし、その他の人物は死ぬことも最後まで定かではなかったし、死に至るまでの展開もまた驚きに満ちている。ここで微に入り細に入り語り果ててしまうのは余りにも勿体無いことであるから、皆々様も是非読んでいただきたい。

 もう一つ思ったのは、ハムレットの強さと弱さである。友人の前では気丈に振る舞い、復讐にも敢然と立ち向かうも、独白では「to be or not to be(生きるべきか死ぬべきか)」と苦しさを吐露する。彼の孤独感が彼にそうさせたのであろう。彼の半狂乱は芝居であったのであろうが、一方では彼のこの二面性による塗炭の喘ぎが自然に発露したものだったのであろう。

(2)科白

 この物語をが演劇として上演されるのであれば、矢張り一番の目玉たるは「長回し」の場面となろう。この物語、何といってもハムレットが良く喋る喋る。比喩や対句等詩的表現も多用しながら思いを滔々と述べる様は文字で見ても心地よく、麗しく美しい。況や実際の科白をや、といったところである。これは来る鑑賞の日を心待ちにしてむとぞ思う。

(3)哲理

 基督教的価値観が良く垣間見える。自殺が禁じられていることでハムレットが悩む場面もあるが、これは話自体とは直接関わらない。しかし一夫一妻制であるところはこの物語の根幹に大きく関わるように思える。けだし、(今日の”ウエスタナイズ”された我々の価値観では測りがたいかもしれないが)この物語の書かれ上演された時の日本は江戸時代(ギリギリ安土桃山時代)であり、一夫多妻制が特に問題なく存在した。また、戦前から戦後すぐの日本でも、婚姻は家同士の結びつきの側面が強く、戦死した兄の嫁を弟が貰い受ける事例もあったと聞く。とあれば、この基督教的価値観は話の根幹に大きく関わっているものであったと言えよう。

 また、夢や美徳、愛から芝居論まで、様々な名文句が出てくるも、おそらくこれはシェイクスピア自身が抱いたものであろうという風にも感じた。シェイクスピアが書いたものなのだから当たり前のように思われるかもしれないが、所々人物が言っているのではなく彼が人物をして言わしめているかのような部分も多々あった。彼も激情が発露して、筆が乗ってくるところがあるのであろう。

4、結

 徒然なるままに書店で手に取り、疾風怒濤の勢いで読破した。ここまで短時間で一冊読んだのも久しぶりであった。この人間たちの激情が発露し集積されたが故の悲劇を、私も感情の発露に任せて之を雑然と並べてみた。文章としてのまとまりに欠け、見苦しい所もあるとは思うが、ご勘弁願いたい。